EU在庫とCRA:2027年12月11日より前に市場投入した製品はどうなるか
2027年12月11日より前にEUへ出荷した製品は、原則として新しい要件の対象外です。ただし例外が2つあります。倉庫在庫・流通在庫の扱いを、製品1台ごとの判定手順と実例で解説します。
この記事の内容
2027年12月が近づくと、多くの日本メーカーが同じ不安を口にします。「EUの倉庫にある在庫は、全部作り直しになるのか」。
答えは、たいていの場合「いいえ」です。サイバーレジリエンス法(CRA)には経過措置があり、2027年12月11日より前にEU市場に出した製品は、原則として新しい要件の対象外のまま販売を続けられます。
ただし、この安心には条件が2つ付きます。そして判定は、製品モデル単位ではなく、1台ごとに行います。この記事では、倉庫在庫・流通在庫をどう仕分けるかを、判定手順と実例で説明します。
要約
- 大半の出荷済み製品は対象外のまま:2027年12月11日より前にEU市場に出した個々の製品は、原則として新しい要件の適用を受けません
- 判定は1台ごと:期日は製品モデルではなく、個々の製品に紐づきます。同じモデルでも、期日の前後どちらに市場投入したかで扱いが分かれます
- 在庫の継続販売は問題なし:すでに市場に出した製品を流通網で売り続けることは、新たな市場投入にはあたりません
- 例外1:報告・通知義務:悪用されている脆弱性と重大インシデントについて、当局への報告と利用者への通知の義務は、2026年9月11日から既存製品にも適用されます
- 例外2:大規模な変更:2027年12月11日以降にセキュリティ適合や想定用途を変える改修をした製品は、その時点で対象に戻ります。用途を変えないセキュリティパッチは該当しません
- 証拠が身を守る:経過措置に記録の要件はありません。ただし、どの1台をいつ市場に出したかを示せる記録(ロット、シリアル、取引書類)があると、当局照会に落ち着いて対応できます
2027年12月11日に変わること、変わらないこと
CRAの主要な義務は2027年12月11日から適用されます。この日以降にEU市場へ初めて出す製品は、セキュリティ要件への適合、技術文書、CEマーキングまで、フル対応が必要です。
一方、その日より前にEU市場に出した製品について、CRAは遡及を求めていません。すでに出荷した1台を回収して作り直す義務も、書類を後から整える義務も、原則として発生しません。
変わらないことを先に押さえると、全体像がつかみやすくなります。
| 期日時点の状況 | 新しい要件 | 報告・通知義務 |
|---|---|---|
| 2027年12月11日より前に市場投入した製品 | 対象外のまま | 2026年9月11日から適用 |
| 2027年12月11日以降に市場投入する製品 | フル対応が必要 | 適用 |
| 期日前の製品に、期日以降に大規模な変更を加えた場合 | その製品は対象に戻る | 適用 |
判定は「モデル単位」ではなく「1台単位」
ここが最も誤解の多い点です。期日は製品モデルや型番に紐づくのではなく、個々の製品に紐づきます。
同じ型番の製品が2台あるとします。1台は2027年11月にEUの輸入業者へ納品済み。もう1台は2028年1月に初めてEUへ出荷する。前者は経過措置の対象で、後者はフル対応が必要です。設計も部品も同一でも、扱いは分かれます。
このため「このモデルは対応済みか」という問いは、正確には答えられません。正しい問いは「この1台は、いつEU市場に出たか」です。
「市場投入」と「継続販売」の違いがすべてを決める
判定の軸になる概念は2つだけです。
市場投入とは、その1台をEU市場で初めて商業流通に置くことです。典型的には、EUの輸入業者や販売店への最初の供給がこれにあたります。
継続販売とは、すでに市場に出た1台が、流通網の中で次の段階へ渡っていくことです。販売店の倉庫にある在庫が小売に流れ、最終顧客に売れる。この流れは何度あっても、新しい市場投入にはなりません。
つまり、2027年12月11日より前にEUの流通網へ供給済みの在庫は、期日を過ぎても売り切るまで販売を続けられます。「在庫の売り切り期限」のような規定はありません。
注意: 倉庫の場所だけでは判定できません。製品がEU域内の倉庫にあっても、それがメーカー自身の在庫で、まだ商業的な供給が発生していなければ、市場投入は済んでいません。逆に、EU域外にあっても判定が変わらない場合があります。決め手は物理的な所在ではなく、最初の商業供給がいつ成立したかです。
倉庫在庫・流通在庫の判定手順
手元の在庫を仕分けるときは、1台ごとに次の順で確認します。
flowchart TD
A["この1台はEU市場で\n最初の商業供給を終えているか"] -->|"はい・期日前"| B["経過措置の対象\n販売継続が可能"]
A -->|"はい・期日以降"| C["フル対応が必要"]
A -->|"いいえ"| D["市場投入は未了\n期日以降の供給ならフル対応"]
B --> E{"期日以降に大規模な\n変更を加えたか"}
E -->|"いいえ"| F["対象外のまま\n報告・通知義務は適用"]
E -->|"はい"| G["その製品は対象に戻る"]
ケース別に整理すると次のとおりです。
| 期日時点の状況 | 扱い |
|---|---|
| EUの輸入業者へ納品済みの1台 | 市場投入済み。以降の流通は継続販売にあたり、経過措置の対象 |
| 販売店の在庫に入っている1台 | 同上。倉庫から小売へ流れても、新しい市場投入にはならない |
| EU域内のメーカー自社倉庫にあり、商業供給が未発生の1台 | 市場投入は未了。期日以降に供給するならフル対応が必要 |
| 同じモデルで、期日以降に初めてEUへ供給する1台 | 新しい市場投入。フル対応が必要 |
| 輸送中でEU未着の1台 | 所在地では決まらない。最初の商業供給の成立時点で判定 |
| 期日前に市場投入済みで、期日以降に大規模な変更を加えた1台 | その製品は対象に戻る。変更を行った事業者がメーカーの義務を負う場合もある |
2つの例外:報告・通知義務と、時計を戻す変更
経過措置には例外が2つあり、どちらも実務への影響が大きいものです。
例外1:報告・通知義務は既存製品にも及びます。 悪用されている脆弱性と重大インシデントが起きたときの、当局への報告と影響を受ける利用者への通知の義務は、2026年9月11日から、すでに市場に出ている製品にも適用されます。経過措置はこの義務を免除しません。報告体制の作り方は脆弱性報告義務の解説記事で詳しく説明しています。
例外2:大規模な変更は時計を戻します。 2027年12月11日以降に、セキュリティ要件への適合に影響する変更、または想定用途を変える変更を加えた製品は、その時点で新しい要件の対象に戻ります。
ここで重要なのは、すべての更新が該当するわけではないことです。用途を変えず、リスクを下げることだけを目的とする通常のセキュリティパッチは、大規模な変更にはあたりません。一方、新しい接続機能の追加、認証方式の変更、想定用途の拡大などは該当し得ます。改修が製品の役割分担に与える影響はブランド・OEM役割ガイドも参照してください。
残すべき証拠:ロット・シリアル・取引・ファームウェア
経過措置そのものに、記録の要件はありません。ただし市場監視当局から照会があったとき、「この1台は期日前に市場投入済みです」と記録で示せるかどうかで、対応の負担は大きく変わります。
最低限そろえておきたいのは次の4点です。
- ロット・シリアル番号の記録:どの個体がどの出荷に含まれていたかを特定できること
- 取引書類:EUの輸入業者・販売店への最初の供給を示す注文書、インボイス、納品受領の記録
- 出荷とファームウェアの対応関係:各ロットが出荷時点でどのバージョンを搭載していたか
- 変更履歴:期日以降に配布した更新の内容と、それが大規模な変更に該当しない理由の記録
この4点は、後述の実例のように「同じモデルの2台」を分けて説明する場面で、そのまま当局向けの説明資料になります。
実例:同じ型番の製造装置2台
日本の装置メーカーを想定した例で、判定の流れを確認します。
検査装置「XR-500」を、ドイツの半導体工場向けに継続供給しているとします。
1台目は2027年10月、ミュンヘンの輸入業者に納品しました。輸入業者の倉庫を経て、2028年3月に工場へ設置されます。設置が期日を過ぎていても、市場投入は2027年10月に済んでいます。この1台は経過措置の対象で、CRAの新しい要件への対応は不要です。脆弱性の報告・通知義務だけは、2026年9月11日から適用されています。
2台目は同じ型番・同じ構成で、2028年2月に初めてEUへ出荷します。この1台は新しい市場投入にあたり、フル対応が必要です。セキュリティ要件への適合、技術文書、CEマーキングをそろえてから供給します。
さらに2028年6月、1台目に制御ソフトの改修を配布し、遠隔監視機能を新たに追加したとします。これは接続面を広げる変更であり、大規模な変更に該当する可能性が高い改修です。該当すれば、1台目もその時点で対象に戻ります。配布前に、変更内容の評価と記録が必要です。
この3つの場面を分けて管理できるかどうかが、経過措置を安全に使えるかどうかの分かれ目です。
取引先にどう説明するか
期日を過ぎると、EUの輸入業者や販売店からの問い合わせが増えます。典型は「この在庫にはCRAの書類がないが、売ってよいのか」という質問です。相手側も新しい義務に慣れていない時期なので、根拠を添えて短く答えられる準備が効きます。
実務では、次の3点で足ります。
- 1枚の説明メモ:対象ロットが期日前に市場投入済みであること、経過措置の対象であること、報告・通知義務には対応済みであることを短くまとめたもの
- 裏付けの記録:該当ロットの最初の商業供給を示すインボイスや納品受領の写し
- 問い合わせ窓口:追加の質問に答える担当者の連絡先
「この在庫に新しい書類は不要です」とだけ返すのと、根拠を添えて返すのとでは、取引の続けやすさが変わります。販売名義や役割の分担そのものに話が及んだ場合は、ブランド・OEM役割ガイドの整理が役立ちます。
今からやっておくこと
期日までに次の5つを済ませておくと、在庫の判定は数日で終わる作業になります。
- EU向けSKUの一覧を作る:現在EUで販売中の製品と、今後1年で出荷予定の製品を分けます
- ロット・シリアルを最初の供給日に対応付ける:どの個体が、いつ、誰への供給で市場に出たかを記録から特定します
- 判定手順で仕分ける:この記事の手順に沿って、期日前・期日以降・未投入の3グループに分けます
- 予定している更新を棚卸しする:2027年12月11日以降に配布予定のファームウェア更新・機能追加を洗い出し、大規模な変更にあたる可能性を配布前に評価します
- 変更の関所を作る:以後の更新は、配布前に「想定用途への影響」と「セキュリティ適合への影響」を確認してから出す運用に切り替えます
ここまで済んでいれば、取引先への説明も当局からの照会も、既存の記録を見せるだけで済みます。
よくある質問
EUの販売店に残っている在庫は、2027年12月11日以降も売れますか。
売れます。期日より前に市場投入済みの製品が流通網の中を進むことは、継続販売にあたります。売り切りの期限もありません。ただし、その製品の報告・通知義務は2026年9月11日から発生しています。
期日直前の駆け込み出荷で、在庫を積み増しても問題ありませんか。
期日前に市場投入が成立した製品は、経過措置の対象です。注意点は2つあります。第一に、市場投入と言えるのは、商業活動としての実際の供給が成立した場合です。書類の上だけで移転を装う形は、この定義を満たしません。第二に、成立時点を後から示せるよう、取引記録を整えておくと安心です。
通常のセキュリティパッチを配ると、対象に戻ってしまいますか。
戻りません。用途を変えず、リスクを下げることだけを目的とする修正は、大規模な変更にあたりません。むしろ既存製品の脆弱性対応は、報告義務との関係でも続ける必要があります。対象に戻るのは、セキュリティ適合への影響や想定用途の変更を伴う改修です。判断に迷う変更は、配布前に評価と記録を残してください。
EU域内の自社倉庫やフルフィルメントセンターにある在庫は、市場投入済みと言えますか。
倉庫の場所、所有名義、契約の呼び名では決まりません。判断基準は一つで、その1台が商業活動の中でEU市場向けの流通・使用のために実際に供給されたかどうかです。最初の供給が成立した時点が市場投入で、そうした供給がまだなければ、その1台は市場投入前です。期日以降に供給するならフル対応が必要です。Amazon FBAのようなフルフィルメント型や委託販売型は、サービス内容と役割が案件ごとに異なるため、個別の確認が必要です。
中古品や下取り品の再販売はどう扱われますか。
すでにEU市場に出た製品の再販売は、原則として新しい市場投入にはなりません。修理や整備それ自体が大規模な変更にあたるとも限りません。ただし、セキュリティ適合や想定用途に影響する変更を加えたうえで市場に出し直す場合は、変更を行った事業者が製造業者としての義務を負う可能性があります。リファービッシュ事業を行う場合は、個別の確認をおすすめします。
設置済みの装置向けに、期日以降も補修部品を出荷できますか。
同一の部品を置き換えるための交換部品で、置き換え対象と同じ仕様で製造されたものは、CRAの適用対象外です。これには、CRAの主要な義務が始まる前に供給した旧製品を修理するための部品も含まれます。対象外になるのは交換部品そのものです。設置済み製品側の扱いや、その修理が大規模な変更にあたるかどうかは、別の判断になります。互換品や同等品が自動的に対象外になるわけではなく、仕様の同一性を示せない部品は通常の適用範囲の判断が必要です。
未対応の製品を、期日以降に展示会やデモで見せることはできますか。
できます。試作品を含め、未対応の製品を見本市、展示会、デモンストレーションなどの催事で提示・使用することは可能です。条件は表示で、「適合していない」ことと「適合するまで市場に供給されない」ことの両方を、目に見える形で示す必要があります。「参考出品」や「非売品」の表示だけでは足りません。またこれは催事のための例外です。顧客への評価機の貸出やデモ機の配布は、無償でも供給にあたる場合があり、この例外ではカバーされません。
CRA Evidence のコンサルティング支援
CRA Evidence は、EU市場へ製品を供給する日本メーカー向けに、在庫・出荷記録の棚卸しから経過措置の適用判定、変更管理の体制づくりまでを一貫支援します。
製品ライン別・ロット別に「どの1台がどちら側か」を仕分け、当局照会に示せる記録の形に整えます。まずは無料アセスメントで、対象製品と在庫の状況をお聞かせください。CRA適用チェックで、製品がCRAの対象かどうかを先に確認することもできます。
関連記事
EN 18031とEU CRA:日本の無線機器メーカー向けRED移行ガイド
日本メーカーのCRA役割ガイド:EUブランド・OEM・輸入者の分担
CRAの脆弱性はJPCERTに通報? EUの通報先CSIRTの決め方
CRAはあなたの製品に適用されますか?
6つの質問に答えるだけで、あなたの製品がEUサイバーレジリエンス法の適用範囲に該当するかどうかがわかります。2分以内で結果を確認できます。